日本(に限らず)では、周知のように「正社員になれるかどうか」で年収、更に言えば生涯年収は大きく変わってくる。この点からも、「我が子をフリーターにしたくない。正社員になって欲しい」と願う親は少なくないはずだ。
ところで、アメリカでは生徒や教師を対象とした「インセンティブ制度」と言うものが存在する。簡単に言えば「成績に応じて報酬を支払う」と言う制度である。
そこでこの記事では、「親は我が子がフリーターにならず、無事正社員の職に就けるように我が子に金銭的インセンティブを支払うべきなのか?」と言うテーマを掘り下げて行きたいと思う。
金銭的インセンティブとは?
そもそも「金銭的インセンティブ」とは何なのか?「インセンティブ」の意味は次のようになる。
インセンティブ【incentive】
① 目標を達成するための刺激。誘因。
② 企業が販売目標を達成した代理店や、営業ノルマを達成した社員などに支給する報奨金。
(Weblioより)
「家の手伝いをしてくれたら、お小遣いをあげる」、「テストで○○点以上取ったらお小遣いをあげる」と言ったような「ご褒美」と言ったら分りやすいかもしれない。正確には金銭ではないが、お小遣いで無くともゲームや趣味の物などでもこれに当たるかもしれない。つまりは、「やる気を引き起こさせる為の手段・道具」である。
正社員を目指してもらう為の金銭的インセンティブ
日本で正社員を目指す場合
日本では、未だに企業に就職する際には学歴が重要視される傾向がある。その為、将来的に(特に)「有名な企業」や「給与の良い企業」で正社員として働こうとする場合、学生時代からある程度意識して勉学に励み、ある程度良い学校に入学する必要があるケースが少なくない。
大人しく勉強する子供ばかりではない
そうなると、親はまず我が子をそれなりの良い学校に進学させなければならない。その為には、子供にしっかり勉強させる必要性がある。だが、全ての子供が親の言う事をきちんと聞き大人しく勉強してくれる訳ではないし、むしろ「勉強嫌い」な子供の方が多いかもしれない。
そのような「自主的に勉強させる事が難しい子供達」に金銭的インセンティブを与え、勉強させるように仕向ける事は出来ないだろうか?と言う考え方だ。(もちろん、自主的に勉強する子供達にも金銭的インセンティブを与えても良い。更に勉強するようになる可能性もある)つまり、「次のテストで○○点以上取ったら、お小遣い○○円アップ」、「○○大学に入学できたら、お祝として○○を買ってあげる」と言った具合である。(このような方法は、実際すでに導入している家庭もあるだろう。)
年齢に応じたインセンティブ
この方法は、幅広い年齢層の子供達で応用可能である。
幼稚園生や小学生低学年と言えども、欲しい物の2つや3つ(いや、それ以上かもしれない)はあるはずだ。そして親なら子供が欲しがっているものは容易に判断出来るかと思う。それを(金銭的)インセンティブとして、幼いころから我が子に勉強の習慣づけを行う事も可能だ。
子供の成長が進み、中学生・高校生となると「物よりお金を貰った方が嬉しい」と言う子供も出てくるかもしれない。もちろん、その時は物から現金に切り替えれば良い。
金銭的インセンティブの問題点
結果が出なかった例もある
確かに、このような金銭的インセンティブは子供に一時的なモチベーションを与える可能性は充分あり得る。が、そのモチベーションを「持続できるかどうか」はまた別問題だし、このような金銭的インセンティブが必ずしも結果に繋がるとは言い難い事は下記のような例でも分る。
- ニューヨークシティーでは、プロジェクトに参加している学校が、四年生に共通テストで高得点をとらせるべく二十五ドルを払った。七年生はテストのたびに五〇ドルをもらえた。平均的な七年生は合計で二三一・五五ドルを手にした。
- ワシントンDCでは、中学生が授業に出席したり、行儀よく振る舞ったり、宿題を提出したりすると報奨金が貰えた。まじめな子供は二週間ごとに最高で一〇〇ドルを稼げた。平均的な生徒は隔週の報酬を約四〇ドル、一学年度の合計で五三二・八五ドルを受け取った。
- シカゴでは、九年生が自分の履修する過程でよい成績をとると、現金が支払われた。Aなら五十ドル、Bなら三五ドル、Cなら二〇ドルだ。主席の生徒は、一学年度で一八七五ドルというかなりの儲けを手にした。
- ダラスでは、二年生が本を一冊読むたびに二ドルをもらえる。現金を受け取るには、本を読んだことを証明するため、コンピューターを使ったテストを受けなければならない。
こうした現金の支払いはさまざまな結果を生んだ。ニューヨークシティーでは、子供にお金を払ってテストの点数を上げようとしたが、学業成績はまったく向上しなかった。シカゴでは、好成績を収めた生徒に現金を与えたものの、出席率は改善したが共通テストでは何の成果も出なかった。(~中略~)現金の効果が最も大きかったのが、ダラスの二年生の場合だ。本を一冊読むたびに二ドルを貰った子供たちは、その年の終わりには、読解力スコアを向上させていたのだ。
(『それをお金で買いますか(原題:What Money Can’t Buy) マイケル・サンデル著』P81~P84より)
純粋な動機の奪取、目的が変化する可能性、仕事が持続するか?
このように、金銭的インセンティブが「結果に繋がった例」もあれば、逆に「何の効果も無かった例」も多い。ただ、我が子が勉強してより良い学校に進学できるよう金銭的インセンティブを与える事には別の問題点もある。それは、つまり次のような事である。
- (子供側が)「良い学校に入り、より良い教育を受けたい」、「良い企業に入り、希望する仕事がしたい」と言う純粋な動機を奪ってしまいかねない
- 報酬を貰う事(お金を稼ぐ事)が目的となってしまう
- (親の)希望企業に入社できたとしても、仕事が続くとは限らない
本来、目標や夢と言ったものは「純粋な動機」から発生する事が自然である。金銭的インセンティブを与えられながら「仕方なく」、「お金がもらえるから」、「とりあえず親の言う事を聞いていればいいか」と言ったような気持ちで将来の為に勉強するのは、「純粋な動機」とは言い難い。
また、子供が勉強する目的が「良い大学に入り、希望する職につく」事から「お金(ご褒美)を貰う為」に変化してしまう可能性がある。
更に、仮にこの金銭的インセンティブ作戦が上手く功を奏し、我が子が(親の)希望の企業に入社できたとしても、その仕事が続くかどうかは不明だ。「○○の仕事がしたくてこの会社に入社した」という純粋な動機ではなく、「親からご褒美(金銭的インセンティブ)が貰えるから勉強して良い大学に入り、(親が言うから)その企業に入社した」為である。本人が本当にやりたい仕事なのかどうか?とは無関係なのである。
どうすれば子供が正社員を目指すか?
親が我が子に金銭的インセンティブを与えたとしても、それが必ずしも上手くいかないとしたらどうすればいいのだろう?
子供が正社員を目指す上で最も効果的なのはおそらく、子ども自身が「あの会社で○○の仕事がしたい」と言ったような「純粋な動機」を持つ事が大事になってくるのではないだろうか?